6 7月1日 東京・越中島
雨上がりの夏空に音楽隊の奏でる勇壮なマーチが響き、真新しい制服を着た何人もの兵士が隊列をつくり軍靴の響きをたてて行進していた。
東京・越中島にある防衛庁本庁では午前9時から自衛隊発足の式典が華々しく開かれていた。昭和25年に国内の治安維持を図る目的で設立された「警察予備隊」は、その後「保安隊」へと改組され、更に「自国への直接的及び間接的侵略から自国を防衛する」為に、今日「自衛隊」として新たに発足したのである。その隊員数、陸上自衛隊十三万九〇〇人、海上自衛隊一万六〇〇〇人、そして航空自衛隊六七〇〇人を数える大規模な「軍隊」の誕生であった。
更にアメリカからの借り受けとはいえ、M型戦車をはじめとする装備も充実し、旧陸軍師団を上回る火力を誇る管区隊もあった。
時の総理大臣吉田茂、初代の防衛庁長官となった木村篤太郎、統合幕僚会議議長林敬三らが、新隊員らを前にして次々と訓示を垂れていった。防衛庁の敷地の外では、自衛隊設立に反対する人々が手に手に「もう軍隊はいらない!」「憲法違反の自衛隊は解散せよ!」などと書かれたプラカードや幟を持ってシュプレヒコールを叫んでいた。大人だけではなく小さな子供までもが、親の言う通りにプラカードを持たされ、自衛隊反対を叫ばされていた。
防衛庁の正門前は、デモの一団と警備の警官、それに取材中のマスコミで大騒ぎとなっていた。
九重一馬は雑誌の取材の為に越中島を訪れていた。一馬の勤める出版社は、戦後、カストリ雑誌の発行をして大きくなった会社であった。このため、真面目な新聞社などと違い、イエローペーパーに近い一馬の雑誌は公式の場に入ることを許されてはいなかった。遊軍記者の真似事のような仕事をしている一馬は、それでもこの場所に取材に行くように編集長から命じられていた。
一馬は正門前での大騒ぎの写真を3、4枚写すとカメラをしまい込み、群集を避け庁舎をぐるりと囲む壁に沿って日陰を探して歩き出した。2つ目の角を曲がったところで壁が日陰をつくっていた。一馬は壁にもたれると煙草を取り出して火をつけた。まだ壁の向こうの建物の屋上では隊員たちの行進が続いているようだった。一馬は自身の軍隊時代を思い出していた。一馬は学徒動員で、二十一歳のときに陸軍に入隊した。航空兵となった一馬は来る日も来る日も訓練に明け暮れた。
既に戦況は日本軍の劣勢となり、海軍も陸軍も何かに憑かれたかのように特攻兵を送り出していた。一馬もまた、国を護り、米軍の侵攻を少しでも防ぐため、沖縄戦の時に特攻兵となった。だが、彼は偶然のトラブルにより特攻を果たせないまま終戦を迎えたのである。
「俺はもうゴメンだね」一馬は呟いた。ここ数年で日本は見違えるような復興を果たし、人々の生活水準は戦前をも上回るようになっていた。戦争は既に過去になりつつあった。
一馬は煙草を道に投げ捨てると、次の取材先へ行くために歩き出そうとした。そこで一馬は、自分と同じように壁にもたれて煙草をふかしている男に気がついた。背広姿だが、がっしりとした体格で、背丈は一馬と同じかやや高いぐらいだった。おおよそ185センチというところか。きっちりと刈りそろえられた髪は役人を思わせ、その体躯は鍛えられた者のそれだった。
一馬はその男に見覚えがあった。その男の名は佐伯慎介といい、一馬に示された肩書きは防衛庁人事局係長であった。
保安隊の頃から、政府は優秀な人材を育てるため横須賀に保安学校(のちの防衛大学校)を開設していたが、それとは別に即戦力、指導者として軍経験者を探していた。いうなればスカウトである。佐伯は陸軍訓練校で優秀な成績を収めていた一馬を何かの資料から見つけ出し、自衛隊にスカウトに来たのであった。しかし、一馬はその誘いを断った。
一馬には護るべき者も倒すべき敵もいなくなっていた。「あんたか。こんなところで油を売ってていいのか?式典だろ」「俺は堅苦しいのが苦手でね。偉いさんが帰る頃を見計らって戻るさ。それよりこんなところで九重さんに再会できるとはね」「まだ俺を軍に誘う気なら、諦めたほうがいい。俺にはまったくその気はないからな」一馬は人差し指を佐伯に突きつけて言った。
「ここで会ったのは偶然さ。付けたりした訳じゃないぜ」「どうだかな」「それより、どこかで冷たいものでも飲ま
ないか?汗かいちまって」佐伯は緩めたワイシャツの襟をパタパタと仰ぎながら言った。
「悪いな。これから次の仕事なんだ」「なんだ、あんたも仕事が好きだな。どこへ行くんだい?」「晴海さ、じゃあ
な」一馬は右手を振ると振り向きもせずに歩いていった。数日前、太平洋沖に浮かぶ大戸島で台風による大規模な自然災害が起こっていた。警察や消防から成る調査団を乗せた船が夕刻晴海埠頭に帰ってくる予定で、一馬はその様子を取材するため晴海へ向かった。
7 大戸島災害調査団帰る
一馬が防衛庁の正門を通り過ぎたそのすぐ後、制服姿の男が中から駈け出してきた。その男は一馬のほうを一瞥すると、後は振り向きもせず角の向こうへと走り去って行った。
「忙しい奴もいるんだな」一馬はその男の走り去った方角を見ながら呟いた。「さ、佐伯一尉、こんな処にいらっしゃったのですか」制服姿の男は佐伯慎介の前まで来ると敬礼をし、ぜいぜいと息をしながら佐伯に話しかけた。
「ああ、窓から知り合いの姿が見えたものでな。それより、何だ?その息の上がり方は。鍛え方が足りないんじゃないか?」「そ、そんなことはないです。それより・・・」男は何事かを佐伯の耳に囁きかけた。
「来たか。よし戻るぞ」そう言うと佐伯はその男を置いて駈け出した。「ああ!待ってください!一尉!」あわてて制服姿の男も佐伯の後を追った。佐伯は防衛庁の建物へ戻ると、「特別通信部分室」と素っ気無く書かれた札が下げられた部屋へと入っていった。制服姿の男も佐伯にやや遅れて部屋へと入ってきた。部屋の中には大きな机が一つと、それよりもやや小ぶりな机が4つ置いてあり、その机を囲むように部屋の内壁に沿って、ずらりと棚が並べられていた。棚の一つは無線機のような機械で占められており、それ以外の棚は書類が山のように並べられていた。
「連中の動きが判ったか?」佐伯はタイプを打っていた女性に向かって聞いた。「はい、報告が着ています。これを」その女性はボードに留められた書類を佐伯に手渡した。佐伯はそのボードを受け取ると一番大きな机へ座り込んだ。
「硫黄島?なんだ、連中、演習でも始めるのか?おい、川嶋、何か情報は入っているか?」「いえ、何も着てません。
今回の出動は『予定外』ですね」川嶋と呼ばれた先ほどの制服姿の男が答えた。
「どうやら、スービックからも艦船が出動しているみたいです。これが報告書です」もう一人の女性が別のボードを佐伯に示した。「演習なんでしょうか?報告ではかなりの爆雷を海中に投下しているみたいですが・・・。その割には砲撃は殆ど無いようです」
「爆雷・・・か。所属不明の新型潜水艦でも見つけたか?」佐伯は報告書をめくりながら首を捻った。
数日前、横須賀の米軍基地から数隻の駆逐艦と戦艦からなる艦隊が何の報告もなく出航していた。その行動の理由を政府が米軍に問い合わせたところ、「報告の義務無し」という回答が返って来ていた。
「これが連中の通信を傍受したものなんですが、まだ暗号解読が完全ではありません。それと・・・」川嶋が佐伯に書類を渡して言った。「通信の中で『FD』という言葉が頻繁に出てくるんです。『ファイア・ドラゴン』の略語らし
いのですが何を意味するのかが不明です。あるいは一尉の言われるように潜水艦を示す暗号かも知れませんが」
「つまるところ、何一つ判ってない、と言う事か。連中が硫黄島周辺に集結している理由は何だ?」佐伯は書類を見比べながら言った。一馬は越中島からバスに乗り、晴海埠頭へとやってきた。既に新聞や雑誌の記者やラジオの取材車、また最近見かけるようになったテレビジョンの取材車などが埠頭に集まっていた。昨年から放送が開始されたテレビジョンは、力道山の人気ともあいまって徐々に新しい放送媒体の地位を固めつつあった。一馬も何度か街頭テレビで力道山の試合を観戦したことがあった。
「おい、出てきたぞ!」その声に記者達のカメラのフラッシュが一斉に焚かれた。「どいてくれ!怪我人なんだ!」
記者達の波をかき分けて、次々と担架に乗せられた人々が運ばれて行った。その中には子供らしきの姿も混じっていた。
記者達はその姿をカメラで追った。
怪我人の列に続いて、災害調査団の団員たちが下船してきた。記者達は、矢継ぎ早に団員たちに質問を浴びせ掛けた。
「今回の台風被害の程度はどうでしたか?」「死傷者が出ているとの事ですが、その数は?」「家屋の被害甚大だとか。竜巻でも起こったのですか?」だが、団員たちは一様に硬い表情をして、一言も質問には答えずにその場を去ろうとしていた。
「何があったんですか、答えてくださいよ」記者が一人の団員の袖口を引っ張った。団員は硬い表情のままで答えた。
「今この場では発表できません。後日改めて報告会を開きますので」その団員はそう言うと足早に走り去った。「ちぇっ、これじゃ取材になりゃしねえや」記者はくやしそうな顔をしてぼやいた。
一馬はその様子を取材帖に書きこんでいたが、ふとその調査団の中に見覚えのある顔を見つけた。「あれは、山根とかいう古生物学者じゃないか」以前、一馬の勤める雑誌で「生きている化石 シイラカンス」という記事を書いたときにその取材で一馬は山根博士の研究室を訪れたことがあった。その時に一馬は山根博士から海の中には古代と変わらぬ姿で生息し続けている生物が何種類も存在していることを教えられていた。
「何故、門外漢の山根博士が調査団に・・・?」一馬は山根の跡を追った。
一馬が山根博士に追いついたのは、博士がハイヤーに乗り込む寸前だった。「博士!山根博士!」一馬は大声で山根博士に呼びかけた。その声に博士が立ち止まり、一馬のほうを振り向いた。「山根博士、以前取材でお世話になった九重です。博士も調査団に参加されていたのですか?」一馬は山根博士に尋ねた。「君、これは・・・」山根博士は何事かを言いかけたが、そのまま口篭もってしまった。
「お父様、早くしないと」ハイヤーの中から若い女性が山根博士に声をかけた。どうやら山根博士の令嬢らしかった。
「博士、あなたが調査に行かれるなんて、大戸島で何があったんですか?」一馬はもう一度山根博士に問い掛けた。
「・・・詳しいことは言えんが、大変なことが起こっているんだよ」山根博士はそれだけ答えると、急いで車に乗り
込んだ。閉まるドアの間から博士の令嬢がペコリと頭を下げたのが見えたが、博士と令嬢を乗せた車はすぐに走りだした。一馬は一人その場に取り残された。
「大変な事・・・?何だ?」一馬はぼそりと呟いた。8 本土上陸
「以上が、大戸島で目撃された怪生物についての報告であります」そう言うと、山根博士は眼鏡を外し、机の上に置くと一同の顔をぐるりと見渡した。
大戸島災害調査団による被害報告会が、ここ国会議事堂内の一室で開かれていた。参加者は調査団のメンバー6名、衆、参議院の国会議員が20名、彼らの秘書たち、それに警視庁から警備課長が呼ばれて出席していた。
台風被害の報告会が一転して怪生物の報告会となった事で、彼らはとまどっていた。なにしろ、山根博士の報告によれば、黒い岩山のごとき姿をしているその怪生物は、身の丈50米近くあるということだったのだ。しかも、大戸島住民の生命と財産がその生物の仕業によって失われていたのだ。
「その怪生物とやらはその後どうなったのかね?まだ島に潜んでいるのか?」議員の一人が山根博士に尋ねた。「いえ、恐らくもう島内にはいないでしょう。私達が怪生物を目撃したのは、島の南西部に位置する八幡山ですが、生物は山向こうの浜から海中へその姿を消しています。以降、その目撃例が無いところを見ると恐らく・・・、再び海中をどこかへ移動した、と考えられます」
「どこか、とはどこだね?本土に向かっているようなことはないだろうね?」議員は口角泡を飛ばして、更に山根博士に問い掛けた。
「その件につきましては」調査団のうち海上保安庁に所属する団員が挙手した。「現在、巡視船5隻を大戸島近海に派遣して調査中であります。本日午後5時の報告によりますと、未だ怪生物は発見されてはいないとの事でした」
昼過ぎから始められた報告会は、6時間以上続き、すでに外は暗くなりはじめていた。
「委員長、よろしいですか?」別な議員が手を挙げて話しはじめた。「この大戸島に現われた怪生物ですが、万が一本土の海に臨んだ都市に上陸するようなことになれば、被害は大戸島の比ではないでしょう。そうなる前に各都市に非常事態を宣言して、生物上陸に備えるべきだと私は考えますが」「バカな!この島国で、海に臨んだ都市がいくつあると思っているのかね!?それ全部に非常事態宣言を発令するのか?」別な議員が大声でその意見に文句を言った。「それに非常事態宣言を行って、何にも起こらなかったらどうするんだね?誰が責任をとるんだ!?」
「では、何もせずに怪物が上陸してくるまでじっとしていろ、とでも言うのですか?あなたは!」その議員も激高して答えた。「とにかく、保安隊・・・、いや1日から自衛隊でしたな。自衛隊を海岸警備に当たらせたらどうでしょう?これは警察の職域を超えていると思われますから」
「では、警察は引っ込んでいろとおっしゃるのですか!?」警備課長がその意見に噛みついた。
「それよりも、まずこの大戸島の事件を公表するかしないかを検討すべきだろう!」「それは、この委員会では決められんよ、君!各省庁の次官を緊急に召集すべきだ!」
未曾有の大事件に報告会は収拾がつかぬほど混乱しはじめた。同日 千葉県南房総地区 館山市
関東地方は台風10号が過ぎた後、高気圧が張りだし、ここ館山でも連日真夏日が続いていた。日中太陽に照らされた地面は、夜になってようやく少しずつ冷めはじめていた。護岸のために多くのテトラポットが並べられた浜べりで、松永弘は釣り糸を垂れていた。椅子の横に置かれた灯油ランプの灯りに様々な虫が集まってきて、弘の顔や腕にも虫がまとわりついていた。弘は時折その虫をパチンとやると、あとは気にせずに釣りを続けていた。
その夜は見事な満月がのぼり、雲一つみえない夜空には満天の星々が煌いていた。月明かりは浜から見渡せる太平洋を蒼く照らし出していた。
弘の手の中の竿にくんっ、と手応えがあった。「おっ!きた」弘は竿をぐっと掴みなおすと、リールを巻き始めた。
魚の動きに合わせて、緩く強く糸を巻きながら少しずつ獲物を手許に引き寄せて行く。この時が釣りをする中で一番楽しい瞬間だった。
やがて、水面に跳ねる魚の影が見え始めた。「よおし、もう少し、もう少し」弘はさらにリールを巻きつづけた。バシャバシャと魚が暴れるのがもうはっきりと見えていた。「よおし!」弘は大きく竿を引き上げた。
ザバアア!と魚が上がったと同時に大きな水音がした。しかし、その音は獲物の大きさに比べて遥かに大きい水音だ
った。「んん?なんだべ?」弘は釣り糸を掴むと、魚を足元に引き寄せた。魚は地面でビチビチと跳ねまわった。沖を見た弘の視界に先ほどは気がつかなかったものが入ってきた。「あんなところに岩があったべか?」海面から巨大な黒い岩が聳え立っていた。だが、その岩と思われたものは、突如動き出すとばくっと口を開いて地面を轟かすような咆哮を放った。
「う、うわあああ!!」もはや釣りどころではなかった。弘は竿を投げ出すと一目散に逃げ始めた。その後を追うように黒い岩のような怪物は浜へ向かってゆっくりと進み始めた。
弘は全力で走り、駐在所へと飛びこんだ。「た、大変だア!駐在さん、駐在さん!」「弘じゃないか。どうしたよ、
血相変えて?」「で、でっかい怪物が海の中にいるんだ!」「怪物ゥ!?なんだ、寝ぼけてるのか、お前」「嘘じゃないよ、こっちに来てくれ!」弘は駐在の腕を掴むと外へ引きずり出した。「お、おい、ちょっと!」駐在の抵抗も構わず弘は浜のほうへ戻り始めた。
走る2人は、地面からズズウン、ズズウンという振動が響くのを感じた。「なんだ?地鳴りがしてるぞ」「駐在さん、あ、あれ」弘は前方の空を指差していた。「あれ?」駐在も弘の指が指すほうを見た。そして、へたへたっとその場に座り込んだ。
彼らの前方には黒く巨大な何かが動いていたのだ。それは周りの木立よりも遥かに大きく圧倒的な威圧感があった。
「ひ、弘!」腰を抜かしたまま駐在は弘のズボンを掴んで言った。「鐘、鐘。半鐘を鳴らしてくれ!俺は県警に電話するから」「わ、わかったよ!半鐘だな」弘は鐘のある櫓へ向かって走り出した。駐在もよろよろと立ちあがると、駐在所への道を戻り始めた。本人は全速力のつもりだったが、その速さは子供のかけっこよりも遅いくらいだった。カン、カン、カン・・・・。
弘が鳴らす半鐘が街に響いた。そして、その15分後には街中に役場のサイレンが鳴り渡った。駐在が役場の職員を叩き起こして鳴らさせたのだった。
たちまち家々の灯りが燈り出した。家の外に出てきた人々が見たのは、月明かりに照らされた巨大な怪物の姿だった。
街の明かりに興奮したのか、その怪物は咆哮を上げた。その鳴声は家々をビリビリと震わせるほどすさまじいものだった。人々の間にパニックが巻き起こった。
着の身着のままで逃げ出す家族、大八車に家財道具を積んで逃げる者、トラックの荷台に大勢の親類縁者を乗せて逃げる人達で館山の道はあふれかえった。館山から別の街へ向かうには海回りのコースが一番であったが、怪物は海のほうから向かってくるため、人々は狭い山道のほうへ逃げて行った。
人々が逃げ惑う中、怪物は街の外れに差しかかった。怪物にはその身の丈と同じ位の長さを持つ尻尾があった。その尻尾や怪物の足が歩を進めるごとに回りにある建物を崩して行った。その殆どが木造であったため、建物は子供の積み木のように脆く壊れていった。
冷静に見ればその怪物はただ陸上を歩いているだけだった。だが、人々にはその姿は街を破壊する悪鬼に写っていた。
やがて、怪物は街を越え、別の浜からまた海へと戻っていった。国会議事堂内では、何回かの休憩を挟んで、なお災害対策委員会は続いていた。自治省と防衛庁からそれぞれ事務次官が呼ばれ、怪生物対策について意見が求められていた。だが、その二人も前代未聞なこの事態に対して有効な手立てを立案する事ができなかった。
議員達がざわめく中、扉が開いて一人の議員秘書が入ってきた。その秘書は自分が仕える議員のところへ行くと、何事かを耳打ちした。その議員は千葉県南部選出の高梨国松といった。
「なんだと!?」高梨議員は秘書の報告に思わず大声を上げた。「い、委員長!」「高梨くん、意見なら挙手を・・・」「それどころじゃない!館山に怪物が上陸したそうだ!」室内の全員の目が高梨に集中した。
「館山に上陸!?ひ、被害はどうなっているんだ?怪物は暴れているのかね!?」委員長が高梨に逆に問い掛けた。
「まだ、詳しい事はわかっていません。だが、怪物はまた海に逃げたそうです。今、千葉県警が海岸を捜索しているようです」
「次官、警察と消防を直ちに千葉へ向かわせてくれ!」委員長は自治省の次官に向かって言った。「それに防衛庁も出動待機をして下さい」二人の次官は頷くと、部屋を飛び出していった。
「まさか、本当に本土に上陸してくるとは・・・。すぐに対策を考えないと」委員長は総理官邸にあてて書面をした
ためはじめた。9 怪物目撃談
「九重さん、九重さーん!」階下から一馬を呼ぶ声がしている。一馬は昨夜の深酒で鉛のように重い頭を左右にゆっくりと振りながら、布団から身体を起こした。ここは一馬が東京に出てきてからずっと住んでいる築地の安下宿である。
手狭だが、ほぼ寝床の為に借りているような部屋だし、近所には築地の魚市場から仕入れた安くて上手い魚を食べさせてくれる店が多いため、一馬はこの安下宿が結構気に入っていた。
「九重さーん、会社から電話よー!」下から呼ぶのはどうやら大家の奥さんらしかった。「会社ァ!?まだ6時半じゃないか?」一馬は枕もとの目覚し時計を見て、ブツブツと文句を言った。ランニングとズボンを着けると、一馬は狭い階段をバタバタと駆け下りた。大家の部屋に入ると、早くから起こされて迷惑そうな顔をしている大家夫婦にすいません、といいながら一馬は黒電話から外して転がしてある受話器をとった。
「もしもし、九重ですけど」「一馬か?仕事だ!すぐ千葉の館山までいってくれ!」受話器の向こうから、鼓膜を破りそうな勢いで編集長の大声が聞こえてきた。
「館山・・・ですか?こんな早くから何です、一体?」「いいか、聞いて驚くなよ。昨夜館山に山のようにでっかい
怪物が現われて、町を壊しまくったそうだ!」「山のような怪物ゥ?冗談でしょ?」まだ頭痛が残る頭を振って、一馬は答えた。
「冗談なもんか!地元じゃあ警察や消防が出て大騒ぎだそうだ!いいか、早く出発して怪物の写真を撮ってこいよ!」
電話の向こうの編集長はそれだけ言うと、一方的に電話を切った。
「なんだよ、怪物って・・・」一馬も口を尖らせて受話器を戻した。築地から千葉の館山に行く為には、国鉄の東京駅から総武線、外房線を使うしかない。それでも、片道4時間以上かかる道のりである。身支度を整えた一馬はやむなく東京駅へ向かった。
「新しい情報は何か入ったか?」そう言いながら佐伯が通信部分室の部屋へ入ってきた。川嶋一曹は立ちあがり敬礼をすると新しい情報が書きとめられたボードを佐伯に手渡した。敬礼を返してから佐伯はそのボードに書かれてある内容を目で追った。
「どうやら横須賀から出た艦船は、転進してこちらへ戻って来つつあるようです。何か別な事態が発生したんでしょうか?」「この艦船が硫黄島の海域にいたのがおよそ2日か。演習にしては短すぎるな。目的は別にあると考えたほうがいいな」
「それと、一尉。これは別な情報なんですが・・・」そう言いながら川嶋は別なメモ書きを佐伯に手渡した。
「館山に怪物?例の大戸島に出たやつのことか」佐伯の分室は、極秘情報であるはずの「大戸島の怪物」のことを既に掴んでいた。
「はい、関東方面隊にも出動要請が出されています」「現地の状況はどうなっている?警察の情報は?」「はい、破壊家屋が幾つかと、住民に怪我人が出たとの事です」「もう少し詳しい情報はないのか?」
「佐伯一尉、米軍の通信、解読できました」女性の椎名二曹がタイプ文を佐伯に手渡した。「FD上陸。オコナー艦隊は帰投せよ。何だ、上陸ってことは館山の怪物を差すのか?」
「FDってのは、どこかの国の秘密兵器じゃないですか?米軍はそれを捜索していて、それが大戸島と本土に上陸して被害が出ているとなると・・・、大変ですよ、佐伯一尉!」川嶋一曹はあわてて立ちあがった。
「安保を無視して、こっちには連絡無しか。なにがあったんだ、一体?」佐伯一尉は机を指で弾きながら呟いた。
「よし、椎名二曹、君はこれまでの情報を整理して、このFDについて解析してくれ。川嶋、車を用意しろ。館山へ出張るぞ」佐伯は二人の部下にそれぞれ指示を下した。外房線は右手に海を見ながら、館山へと向かっていた。列車の中で昼飯時を迎えた一馬は駅弁と茶を買い、それを食べながら海を眺めていた。どうやら、列車の中には一馬と同じように怪物の事件を聞いて館山に向かっているものがかなり乗車しているようだった。
「おい、あれ、あれ!家が壊れてるぞ」窓から身を乗り出して一人の男が叫んだ。一馬もあわてて茶を置くと、そちら側の窓へと走った。
車窓に破壊された家屋が見え始めた。それらは、まるで何か大きな力で上や横から押しつぶされたような形で壊れていた。壊された拍子に火が出たのか、今だ燻っている建物もあった。
「本当に怪物にやられたのか?」列車の中の男達は、それらの建物を写真に取り始めた。川嶋一曹の運転する車もまた、佐伯一尉を乗せて館山へ向かっていた。
「川嶋、海の中になんだか判らんが怪物が潜んでいたとすると、お前ならどうする?」佐伯は海を眺めながら川嶋に質問した。
「自分ですか?・・・もしその怪物が脅威となるなら、手段を講じて退治しますね。爆雷攻撃とか・・・。あっ!」
川嶋一曹は自分の台詞に何かを気づいた。「そうだ、爆雷攻撃だよ。米軍のやつらが硫黄島海域でやっていた」佐伯は川嶋の顔を見て言った。
「米軍のやつらもその怪物に遭遇したんだ。横須賀とスービックから応援を呼んだところをみると、何らかの被害にあっているのかもしれん。それで、やつら躍起になっているんじゃないか?」
「なんなんでしょう、その怪物って?報告じゃ身の丈50米もある恐竜のようなやつだとか言ってましたが」「さあ、なんにせよ日本は大騒ぎになるぞ、こいつは」館山駅に降り立った一馬は、他の記者連中に便乗して怪物が通った後と言われている被害現場へとやってきた。現場はすでに昨夜のうちから警察が非常網を張り、一般人やマスコミが入れない様にしてあった。だが、立ち入り禁止区域のこちらからでも、建物の被害状況は充分すぎるほど見て取れた。記者連中はフィルムの続く限りその建物を写真に収めていた。その向こうでは住民達が不安げな面持ちで現場を囲んでいた。
「おい、こっち、こっち!この窪みを見ろよ!」記者の一人が少し離れた場所から仲間を呼んだ。たちまち、記者達はその窪みの回りに群がった。「おいこら、あまり近づいちゃいかん!ダメだといってるじゃないか!」警備の警官の悲痛な叫びが上がった。
その窪みは差し渡し数米もあろうかという大きなもので、まるで楓の葉を大きくしたような形で地面が窪んでいるのだった。
「なんだ、この窪みは?」「こりゃ、怪物の足跡じゃないのか?」「こんなにでっかいのが足跡だって?そんなバカな」記者達は思い思いの意見を交わしながらその窪みも写真に収めていった。
その記者達の後ろの方で、一台のカーキ色をした車が止まった。一馬は車の止まる音に気がついて後ろを振り返った。
車から降りてきたのは、佐伯と川嶋だった。
「自衛隊の連中が出張ってきたとなると、いよいよ只事じゃないな、これは」一馬は佐伯たちの後を追った。佐伯達は警備の警官に自分の身分証明書を見せ、二言三言何か言うと、警備本部のテントへと入っていった。一馬もそれを追うようにテントに近づいたが、たちまち警官に押し止められた。「こらこら、民間人は入っちゃ行かん!」「そこに知り合いがいるんだ」「だめだ、だめだ。あっちへ行け!」警官は警棒を使って一馬を押し戻した。
「ああ、わかったよ!」一馬はその警官の勢いに、佐伯を追うことを諦めた。「あなたが見た怪物っていうのは、どんな姿をしていました?」佐伯はテントの中で、駐在に向かって質問を始めた。
「どんなもこんなも・・・。昨夜から何度も言ってるようにそのへんの杉の木よりもでかい、黒い岩山のようなヤツ
なんです。あんなの見たことも聞いた事も無い・・・」「もっと、何か特徴は無かったですか?」「特徴・・・、そう
背中にでっかい棘というかギザギザの背鰭というか、それが一杯あった」
「尻尾が長くて、身体と同じくらいあったと思います」川嶋も同じように、松永弘に質問をしていた。「その怪物は
何だと思いますか?海の生き物ですか?」
「いや・・・、ありゃあ海に棲む竜神様か何かだ。そう、呉爾羅様かも知れない」「呉爾羅様?何ですか、それは?」
川嶋は弘が言ったその言葉に興味を持った。
「呉爾羅様っていうのは・・・、私の田舎の大戸島に伝わる、海の神様の名前です」「大戸島!あんた大戸島の人なのか?」「はい、・・・あの、それが何か?」
川嶋は驚いたような表情で松永の顔を見つめていた。松永はこの自衛官がなぜその事で驚くのか判らなかった。10 浦賀水道炎上
「ねえ、ねえ、これ見てよ」すずが昨日の夕方上野駅で貰ってきたと言う新聞の号外を一馬の目の前に広げて見せた。
「『怪生物現る!!』、だって。本当なのかしら?山のような怪物がいるなんて」すずは一馬の隣に身体を寄せるように座ると畳の上にその号外を広げた。その記事には館山に現われた怪物が残していった破壊の爪痕とともに、今なお世界中に生息しているといわれている未知の怪生物の想像図が載せられていた。
「・・・俺も昨日、館山に行っていたんだ」一馬は煙草をふかしながらすずに言った。
「ええっ!そうなの?じゃあ、怪物が壊した家とか見てきたの?」「ああ、仕事でな」「どんなだった?怪物も見た
の?」すずは興味深々という態度で一馬に尋ねてきた。その様はまるで、知識欲が旺盛になり始めた子供のようだった。
「怪物なんて見ちゃいない。壊された家とかそんなものばっかりだ。でも、怪物の足跡は見たぞ」「足跡?これのこと?」すずが号外の写真の一つを指差した。「この大きい窪みが足跡なの?」
「そうだ。この部屋よりもでかい足跡だった。こんなので踏まれちゃあ、お前なんてあっという間にペシャンコだ」
そう言うと一馬はすずの頭をぐっと抑えつけた。「きゃあ!もういやあね!」すずは一馬の膝をパチンと叩くと、再び号外に目を落とした。
「ねえ、もしもこの怪物が東京に来たらどうなるのかしら・・・?」
「そりゃあ・・・」一馬はそんな事は無い、と内心では思いながら答えた。「大変なことになるだろうな。・・・戦
争の時みたいに」「足跡から?本当かね?」ここ防衛庁の一室では、大戸島と館山とを襲った怪物についての検討会議がはじまっていた。佐伯慎介一尉もその会議に参加していた。
「はい、地面につけられた全ての足跡から放射能が検出されています。それと、足跡から採取された土を分析した結果ですが・・・」化学防護班に所属するその自衛官は手許の書類をめくりながら発言を続けた。「明らかに大戸島や館山の大地を構成するものとは異なる性質を持つ土が発見されております。更にその中には放射性元素であるストロンチウム90が微量ながら認められました」
「ストロンチウム90?一体それは何かね?」「はい、これは・・・核分裂によって生成される放射性物質です。人体にとっては非常に危険な物質であります」
「核分裂ゥ!?なぜそんなものが足跡に混じっているんだ?」
「核実験の影響、と考えるのが一番妥当でしょう」その発言に会議の出席者全員の目が佐伯に注がれた。「米国がマーシャル群島沖で度々核実験を繰り返しているのはご承知のとおりです。この海からきた怪物は、その核実験の影響を受けているものと考えれば、足跡の放射能もストロンチウム90のことも説明がつくのではありませんか?」
「米国の核実験・・・。もしそれが本当だとしたら・・・」
「わが国はアメリカに対して、正式に抗議を行わなければならなくなりますね。いい機会じゃないですか、核実験の非人道性、非正当性を訴えるのには」佐伯はペンを手の中でクルクルッと回しながら答えた。
「佐伯一尉、そんなことを軽々しく口にするんじゃない!それは我々の仕事ではない!」「・・・ですね。こりゃあ
吉田総理や岡崎(外務)大臣の仕事だ」「そういう事を言っているのでは無い!」一佐の階級証をつけたその自衛官は机をドンと叩いた。
「佐伯一尉、発言が過ぎるぞ!少し控えたまえ」別な自衛官がその一佐を制して言った。
「はっ!失礼しました!」佐伯は起立するとその自衛官に対して敬礼をした。だが心の中で佐伯はで舌を出していた。
「ともかく、その足跡周辺は危険区域に指定して隔離だ。警察と協同して直ちに行動開始したまえ」その命令に何人かの自衛官が部屋を出ていった。
「・・・では、その怪物についてだが、まだ東京湾内に潜んでいる可能性があるのだな。沿岸地帯に上陸してくる可能性も」
「はい、海上保安庁とも協力のうえ厳重な警戒を行う必要性があると判断します」「万が一怪物が上陸したときの対策を講じておく必要もあります。現有火器兵力で対応可能なのかどうか、今の段階では判断がつきませんので」
「しかし、巨大な怪物といっても生き物には変わらんのだろう?迫撃砲か何かで攻撃すれば片はつくだろう」先ほどの一佐が意見を述べた。
「一佐、そのことにつきまして意見があります」またもや佐伯一尉だった。一佐と呼ばれた自衛官はまたか、というようなうんざりとした顔をした。「佐伯一尉。なんだ、意見とは?」
「諜報部からの報告の通り、米海軍が硫黄島近海に展開後、予定外の演習を実施し、まもなく収拾したという件ですが、これにあの怪物・・・、私は『ゴジラ』と呼んでいますが、これが深く関っている可能性があります」
「ゴジラ?なんだね、その名前は?」「大戸島に伝わる海の竜神の名前なんですが、いつまでも怪物と呼称するのも何なんで便宜上、こう呼んでいます」「名前の謂れなどどうでもいい。米軍とその・・・ゴジラがどうしたというのだ?」
「はい、館山に怪物が上陸したという情報が流れたとほぼ同時に、米海軍は撤収をはじめています。これは米軍もゴジラを捜索していたと見るのが妥当ではないかと。横須賀とスービックから兵力を割いてまで硫黄島海域に艦船を派遣していたとなると、それ相応の力をゴジラは保有していると考えられます」
「どういうことかね?」
「つまり、米海軍と同等かそれ以上の力を秘めた怪物であり、迫撃砲程度では退治は敵わない可能性があるということです」
佐伯のその意見に、会議の出席者は無言のまま一様に顔を観合わせた。浦賀水道 富津岬沖 午後10時45分
アラビアからの石油を満載したタンカー「でるそる」は長い航海を終え、間もなく川崎の港へ到着しようとしていた。
船員達は見え始めた陸地の灯りに、上陸してからの休日の予定を考えて浮かれていた。
「おい、どうする?お前何がしたい?」「そりゃあ、女のいる店で大騒ぎだろう。川崎でいい女のいる店知ってるんだ。お前も行かないか?」「いいねえ、それ。ノッた!」船員達はパチン、パチンと互いの手を叩き合った。艦橋では船長と航海長が夜の海を眺めていた。
「今回はうまく台風も避けられて穏やかな航海でしたね」「ああ、毎回こうだといいんだがな」「海の神様にお願いですね、ははは」
二人は航海が何の支障も無く終わろうとしていることに満足して談笑しあった。全ての乗員が航海の無事終了を予感していたその時だった。突然船底からの大きな力に突かれて、船全体が激しい勢いで海上に持ちあがった。続けて今度は左右に強い力で船が揺さぶられた。
船員達は何かに掴まる隙もなく、船の動きに合わせて船内を転げまわった。その時甲板にいた船員達は船が傾いたときに海中へと落ちて行った。
「なんだあ!?」「た、助けて!!」船員達の悲鳴があちこちで上がった。
ボー、ボー、と緊急事態を告げる汽笛が鳴らされた。無線室では、椅子の背もたれに掴まった無線係が必死の思いでSOS信号を発信しようとしていた。「船長!!」航海長は舵に掴まってなんとか身体が転げまわるのを防ぐと辺りを見渡した。艦橋は電灯が消え真っ暗になっていた。「船長、どこですか!?」航海長は手探りで辺りを探しまわった。その手になにかぬるりとした生暖かいものが触れた。その先に物言わぬ船長の身体があった。
「船長ぉ!!」航海長がそう叫んだ時、船窓の外から聞いた事も無いような咆哮があがった。航海長はその声に思わず窓のほうを振りかえった。
海の上に何か黒い塊が突き出ているのが見えた。その塊の上のほうがゆっくりと動いていた。それが巨大な怪物の口の部分だと航海長が気づいたと同時に、怪物の口から蒼白く燃える炎が船に向かって吐き出された。「報告します!」会議室のドアが突然開かれ、川嶋一曹が飛びこんできた。
「海上保安庁より連絡!本日二二五○、浦賀水道にてタンカーの爆発炎上事故発生。現在もタンカーは炎上中!」川嶋は敬礼するとそれだけを一気にまくし立てた。
「タンカー事故!?なぜ、ここに報告をする?・・・・まさか、怪物と関係があるのか!?」一佐が真っ青な顔になって川嶋に聞いた。
「詳しい原因は不明!ですが、SOSを発信してからあっという間に爆発炎上したということです。まるで、明神礁での遭難事故のときのようだと海上保安庁では言っています」
「明神礁?海底火山か?浦賀水道でそんなことが・・・!?」
佐伯一尉は川嶋のその報告を聞き、手の中のペンを折れんばかりにぐっと握り締めた。燃え上がるタンカーの炎は海と夜空を紅く染め、それは富津岬や三浦海岸からも見て取れた。付近の住民達は海岸に集まりその紅蓮の炎を不安げに眺めていた。
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