ゴジラ 襲来1954

 

14 ゴジラ襲来その2

 「陸将!佐伯一尉から連絡が入っています!」無線係が国東陸将のほうを振り向き、報告した。陸将は机上に広げられた地図を前にゴジラの進行方向と部隊の配置とを士官達と検討しあっていた。
 「『し』号兵器の使用許可を求めています!」陸将は地図から顔を上げて怒鳴った。「今はそれどころではない!新橋方面に接近するまで待機しろと言っておけ!」

 佐伯が無線機のヘッドフォンをガシャンと机に投げつけた。「クソじじいが!新橋まで来たら間に合わんぞ!本当に宮城に被害が及んだらどうするつもりだ!」
 「一尉、どうします?もう攻撃範囲内までゴジラは接近しています」川嶋はヘッドフォンをフックに戻しながら、珍
しく激昂している佐伯に尋ねた。
 「仕方あるまい。火を入れて、いつでも使えるように準備しておいてくれ」佐伯はそう言うと机の上の薬缶から、直接ぐいっと水を飲んだ。

 ゴジラは品川駅の車線区を越えると、国道1号線に沿うように北上していた。芝公園に配備されたM24チャーフィー軽戦車からなる特車部隊はもうすぐそこに迫っているゴジラに76ミリ砲を向けて待機していた。国道1号線にも数台が配備され、砲撃準備をしながらゆっくりと国道を南下していた。M24の狭い覗き窓からは幾筋もの煙と夜空を紅く染める炎が見え、その中に巨大な黒い影がゆらゆらとこちらに向かって進んで来るのが見て取れた。特車隊員の前進レバーを握る手に汗がじっとりと滲んでいた。
 ゴジラは慶応義塾大学の校舎を破壊しながら増上寺に向かっていた。慶応義塾大学の敷地内に配備されていたジープ部隊が放つ106ミリ無反動砲の攻撃をものともせずにゴジラは地響きを立てて歩きつづけた。
 「目標、ゴジラ!砲撃開始!」命令とともにM24型戦車の戦車砲がゴジラに向けて放たれた。同じく芝公園に配置された野戦砲も火を吹いた。品川埠頭以上の砲弾が轟音とともにゴジラに浴びせられた。
 だが、それでもゴジラの進行は止まらなかった。「なんてやつなんだ!?まるで平気なのか!?」双眼鏡でゴジラを見ていた自衛官が驚愕して叫んだ。「クソッタレ!アメ公の戦車と戦かった時を思い出すぜ!」旧軍あがりの特車隊員が砲撃の準備をしながら呟いた。先の戦争において、日本軍の戦車が放つ鉄甲弾はアメリカ軍戦車の装甲を打ち破る事ができなかった。彼の脳裏でゴジラとアメリカ軍戦車のイメージが一つに重なり、涙が頬を伝った。
 「奴のどてっ腹を狙って撃て!どんな生き物だって腹が一番弱いんだ!」特車隊の隊長が激を飛ばす。砲火がゴジラの腹部に集中した。「あんなデカイ的だ!外すなよ!」
 ゴジラの動きがそこでピタリと止まった。「やった!止まったぞ!このまま火力で押し戻せ!」隊長が更に叫んだ。
 砲撃が更にゴジラの腹部に加えられた。一時はその煙でゴジラの姿が霞むほどの弾が撃ちこまれた。
 だが、ゴジラはダメージを受けているわけでは無かった。「隊長!ゴジラの背中が光っています!」双眼鏡を覗きながら隊員が叫んだ。
 「いかん、火炎攻撃だ!」隊長がそう叫ぶのと、ゴジラの口から炎が放たれるのが同時だった。放射能火炎に晒されたM24型戦車の砲塔はたちまち熱でぐにゃりと曲がり、装甲は溶け出した。あわてて逃げ出そうとした隊員は、戦車のハッチを開けたとたん熱風に身を焼かれ絶命した。
 
 「特車隊を下がらせろ!谷町交差点まで後退させ、そこで体勢を整えさせろ!」国東陸将に特車部隊からの報告が届き、その予想以上の被害に陸将は愕然とした。
 炎があたりを包み、阿鼻叫喚の地獄絵図のようになった芝公園で戦う術を無くした自衛隊員達が逃げ惑っていた。
 「ゴジラの進路はどうなっている!?」「一号線から愛宕通りを越え、日比谷通りを新橋駅方面へ向かっています!」
 「このままでは・・・銀座へ出ます!」士官が地図上に置かれたゴジラを模した駒を動かした。
 「陸将、どうします?入間の旭光を使いますか?対地攻撃用の装備を特別に施した機体がありますが」
 「馬鹿者!市街地で爆撃ができるか!宮城も近いというのに!」陸将はその士官を一喝した後、ふと気がついたように尋ねた。「『し』号兵器の準備は出来ていると言ったか?」

 ゴジラは国鉄新橋駅の建物をいとも容易く破壊すると、そのまま昭和通りへと足を踏み入れた。ゴジラが歩くたびに周りの建物は震え、運悪くその巨体やなびく尻尾に当たった建物はまるで砂で作られていたかのように脆く崩れ去った。
 「ああっ!歌舞伎座がやられる!」上空からの監視の任にあたっていたロッキードT33Aのパイロットの眼下で、まだ造られて幾らも経っていない歌舞伎座の建物があっけなく倒れ、ゴジラの巨大な足で踏みしだかれた。

 「あんた!こんなところにいちゃいかん!佃まで避難するんだ!」築地本願寺から、炎の中に黒く浮かび上がるゴジラの姿を写真に収めていた一馬の腕を、避難誘導の警官がぐいと引っ張った。
 「信じられるか?あれが・・・。まるで東京が空襲の時に逆戻りしたみたいだ・・・」一馬はまるで呆けたような顔
つきでゴジラを指差した。
 「何を言ってるんだ!?早く避難しろ!」警官は一馬の背中を押し、本願寺の敷地から追い出した。晴海通りは、ゴジラ上陸の噂を信じていなかった人々の避難の列で一杯になっていた。

 同じ頃、聖路加国際病院では医師、看護婦、そして病院職員らによって、入院患者の避難が懸命に続けられていた。
 逃げる患者の中には、大戸島でゴジラの被害を受けた新吉少年の姿もあった。まだ頭に巻いた包帯が痛々しい新吉はそれでももっと重い病気や怪我で自力では満足に動く事のできない他の患者を助けようと努めていた。
 「新吉君、あなたはいいから先に逃げて!」足に怪我がある患者を助けている新吉に気づいた看護婦が、反対側からその患者を支えて新吉に言った。
 「大丈夫です!この人も一緒に!」新吉は真っ赤な顔で看護婦に言い返した。「チクショウ!チクショウ!ゴジラのやつ・・・!」新吉は患者に肩を貸しながら、眼に涙を溜めそう呟いていた。

 三越デパートも和光の時計台もゴジラの強大な力の前には成す術もなく倒壊していった。消火と救助活動に走り回っていた何台かの消防車がその倒壊に巻き込まれ瓦礫の中に埋もれていった。
 ゴジラは破壊をあたりに撒き散らしながら再び国鉄の高架線の目前へと迫っていた。

 「佐伯一尉!ゴジラがあんなところまで!」宮城の外苑から日劇の建物を破壊しつつあるゴジラの姿がはっきりと見えていた。「一尉、こいつはまだ使えないんですか!?手遅れになります!」「判っている!クソジジイめ、何をグズグズと・・・」佐伯がそう言いかけたとき、練馬の対策本部から無線が入った。佐伯はヘッドフォンとマイクをひったくるように掴むと、無線の相手と怒鳴り合うように会話を交わした。
 そして、佐伯はヘッドフォンを机に投げ出して言った。
 「川嶋、使用許可が下りたぞ!すぐに最終安全装置を解除しろ!ゴジラを日比谷公園に追い込んで、そこで仕留めるぞ!」「はい!」
 川嶋は敬礼とともに大声で答えると、外苑広場に組まれた巨大な筒型の装置のもとへ走っていった。

15 『し』号兵器

 宮城の外苑広場に組上げられたその装置は、無骨な形状をした鋼柱の骨組みの中に鋼の巨大な筒が収められており、さらにその筒を小型の十二本の筒が取り巻いていた。巨大な筒には太い絶縁ケーブルが何本も引きこまれ、骨組みの中に設けられた幾つかの箱の中に繋がれていた。鋼の筒の後部は更にドラム缶を三個程繋げたような形のタンクが取り巻いており、冷却されているのか、その部分には白い霜が降りていた。
 装置の下の部分は6本の足になっており、自重で地面にしっかりと固定され、移動用の四対の車輪は上方に跳ね上げられていた。装置の隣には、これまた巨大な箱型の機械が移動用の牽引車に乗せられた格好で置かれており、装置に留められている絶縁ケーブルはその機械から伸びたものであった。機械には外苑広場の外から引き込まれている百数十本もの絶縁ケーブルが引きこまれており、操作パネルには機械の稼動状況を知らせるグリーンのランプが幾つも点灯し、装置全体が低いブーンという唸りを上げていた。
 巨大な鋼の筒は一見砲身のようにも見えるが、その筒の中には直径3p程の細い金属棒が一定の間隔を置いて並べられていた。周りを取り巻く小型の筒は先端にレンズが取り付けられ、特大の懐中電灯のようにも見えた。

 川嶋一曹は、箱型の装置を操作している自衛官に、敬礼をして伝えた。
 「使用許可が下りました。直ちに『し』号兵器によるゴジラ攻撃を願います!」
 「了解!まったく、ここまで組上げたのに日の目を見ないのかと思ってたぞ」二等陸尉の階級証をつけたその自衛官は川嶋に敬礼を返して言った。「よおし、照準をゴジラに合わせてあるな!奴が国鉄の高架を越えたところを狙うぞ!最終安全装置解除!射撃操作盤を接続しろ!」自衛官はマイクを通じて、筒型の装置の操作に当たっている部下達に命令した。
 「いよいよ、技術研究所の成果を見せる事ができますね」川嶋が自衛官の傍らに立って言った。
 「ああ、金食い虫だのなんだのと言われ続けて早三年、ここいらでいい所をお偉方に見せておかないとな」その自衛官はにこりと白い歯を見せた。
 「旧軍の秘密兵器をここまで再現し、発展させられたのもあんたのところの大将のお蔭だ。失われた筈の設計図をほぼ完全な形で見つけてきたんだからな」
 「まあ、それが自分等の任務みたいなもんですから。でも、この『敷島二十八式特殊昇圧機』は技研の発明品じゃないですか。これが無ければ『し』号は只のガラクタに過ぎませんでしたよ」
 自衛官はその川嶋の言葉に黙って笑みだけを返した。

 「ゴジラが高架を越えます!」監視の任に当たっていた自衛官が叫んだ。ゴジラの強大な力の前に、国鉄有楽町駅の建物が高架と共に土煙の中に崩れ落ちようとしていた。
 「電圧、正常に上昇中!紫外線照射装置、稼動します!」「照射目標、ゴジラの左胸!心の臓にくらわせてやれ!」
 土煙が風で流され、ゴジラの姿が銀座の街並みを焦がす炎を背に現われた。
 「攻撃まで、五、四、三、ニ・・・」『敷島二十八式特殊昇圧機』と呼ばれた箱型の装置から発せられる唸りが、
徐々に大きくなっていった。筒型装置の操作盤にある最終開放レバーを握り締めた自衛官が目をかっと見開いてゴジラを睨みつけていた。
 「いちっ!発射ァ!!」号令と同時に、筒型の装置から雷のごとき轟音が発せられ、蒼白い光が一瞬あたりを照らし出した。と、同時に空気中に焼け焦げたような臭いが強烈に立ちこめた。

 轟音と同時にゴジラの姿が一瞬ぶれ、巨体が数メートル後ろへ押し戻された。ゴジラの尻尾が周囲の建物を破壊しながら、バタンバタンと上下に振り下ろされた。ゴジラは首をゆっくりと左右に動かし、咆哮を上げた。ゴジラは突然自身を襲った衝撃に戸惑っていた。

 「効いているのか!?」佐伯は双眼鏡でゴジラの姿を眺めながら叫んだ。ゴジラの動きは『し』号兵器による攻撃前と比べて明らかに緩慢になっていた。ゴジラはゆっくりと408号線へ進みはじめていた。
 「ゴジラを日比谷公園へ追いこめ!東京駅前の特科部隊に攻撃を!!」佐伯が無線機に向かって怒鳴った。

 東京駅前広場に配置されていた特科部隊の105ミリ榴弾砲による攻撃が、ビル群を越えてゴジラの右半身に集中し叩きこまれた。ゴジラの姿が炎と煙とに包まれ、ゴジラは激しい咆哮を轟かせながらよろよろと日比谷公園の敷地内に足を踏み入れた。
 佐伯一尉は練馬の発令所と連絡を取り、『し』号兵器と特科部隊による同時攻撃を国東陸将に進言していた。面子よりもゴジラ殲滅を重視した陸将はこれを了承し、驚くべき迅速さで東京駅前に特科部隊を展開させていたのだ。

 「よし、ゴジラを日比谷公園内に追い込んだぞ!二次攻撃の準備は!?」「完了です!いつでも撃てます!」技術研究所の自衛官達が、自分達の兵器がゴジラに対して有効だったことに士気を上げ、機器を取り扱う手によりいっそう力が篭った。
 「紫外線照射と同時に電撃を撃つ!三、ニ、いちっ、発射ァ!!」再び『し』号兵器から轟音と蒼白い光が発せられ、同時にゴジラの全身が激しく痙攣した。
 「やったぞ!」ゴジラの巨体が土煙を立てながら日比谷公園の木立をなぎ倒して地面に倒れこんだ。

 ゴジラ倒れるの報告は、直ちに練馬の発令所に伝えられた。「『し』号兵器がそれほどのものとは・・・。よし、
特科部隊に命令!日比谷公園内のゴジラに火力を集中し、これを殲滅せよ!」国東陸将の激が飛んだ。
 「武道館前に配置した部隊はどうします?あの115ミリ砲なら宮城の敷地越えで日比谷公園を攻撃できますが
?」部下の士官が別な士官に尋ねた。「馬鹿もの!そんな恐れ多い事ができるか!靖国神社まで部隊を移動させろ!そこから攻撃するんだ!」「りょ、了解!」士官はその命令を伝えるべく、逃げるように無線係のほうへ走った。
 「しかし、陸将、何なんです、あの『し』号兵器とは?」一人の士官が国東陸将に尋ねた。「あれか。あれは大
戦末期に旧軍が開発を進めていた都市防衛兵器だ。俺も現物を見たのは初めてだが・・・」

 「紫外線で大気を電離して、そこに電気を流すなんてアイデアをよく思いついたもんですね」川嶋は、攻撃を続
ける『し』号兵器を見ながら、興奮の面持ちで佐伯に言った。「これが数十基あれば、高射砲よりも対空防衛効果
が期待できるじゃないですか。光の方が砲弾よりも高空に届く」
 「アイデアは良かったんだがな、あれを稼動させるだけの大電力を得る事ができなかったのさ。あれがあれば、
或いは大空襲を防ぐ事ができたかも知れんな」佐伯は日比谷公園に雨のように降り注ぐ火線を見ながら答えた。
 ゴジラに叩きこまれる砲弾の雨が辺りにすさまじい爆音を轟かせていた。
 「これで、やつを倒せるでしょうか・・・?」川嶋は双眼鏡で燃え上がる日比谷公園を見ながら呟いた。

16 ゴジラ襲来その3

 「もう、冷却材がもちません!」『し』号兵器の計器をチェックしていた自衛官が機器管制パネルの前にいる二
等陸尉に報告した。
 「わかった。冷却材を換装する!直ちにかかれ!」『し』号兵器の安全装置が再び入れられ、隊員達が再び忙しく働き始めた。トラックに積まれた冷却材のボンベが次々と降ろされ、『し』号兵器のところへ運ばれていった。

 「ゴジラはどうなった!?」発令所では国東陸将がゴジラへの砲撃の効果を怒鳴るように尋ねていた。「ゴジラ
は今だ日比谷公園内に留まっています。特科部隊の砲撃により沈黙したままのようです」士官が現場からの報告を読み上げて答えた。
 「よし、砲撃を一時中断しゴジラの状態を確認しろ!但し、完全に沈黙した事が確認されるまで戦闘態勢は解く
な」「了解!砲撃を中断しゴジラの状態を確認します!」士官は直ちに特科部隊へ命令を伝えた。

 「砲撃が止みましたね・・・」川嶋は、日比谷公園のほうを見つめている佐伯の傍らで呟いた。「ゴジラは沈黙
したんでしょうか?」「・・・判らん。今のところ動きは無さそうだが・・・」外苑広場からは日比谷公園の木々
を燃やし尽くさんばかりに広がる炎と立ち昇る黒煙しか見えなかった。
 「だが、安心はできんだろう。もし、奴が本当にアメリカの核実験を生き延びてきた生物ならば、砲撃ぐらいで
倒せるかどうか」佐伯はゴジラの通過した後から発見されていた放射性物質の残滓のことが気になっていた。ゴジラが核実験により大量の放射性因子を帯び、それでも尚あれだけの力を有しているのならば、奴は人類の持つ兵器では倒すことは不可能なのではないか、と。
 「川嶋、『し』号兵器の再起動までどれくらいかかる?あまりぐずぐずは出来ないぞ」
 「冷却材の換装にはおよそ二十分かかると報告されていますが・・・、急がせます!」川嶋は『し』号兵器の元
に駈け出していった。

 佐伯達のいる外苑広場の上空を偵察機が差しかかった。発令所からの命令により日比谷公園内のゴジラを確認する為である。だが、日比谷公園の上空は炎が生む上昇気流が発生させている乱気流と黒煙のために近づくのが容易ではなかった。
 「くそっ、煙で何にも見えんぞ!」パイロットは日比谷公園上空を旋廻しつつ悪態をついた。「こちら月岡機、
日比谷公園上空からは公園内を確認できません。煙と炎が・・・、あっ!何かが動きましたっ!」
 パイロットの眼下、燃え盛る焔の中で巨大な影がゆっくりと動いていた。その影は焔の中から身を起こすと、夜
空に向かって咆哮を上げた。
 「ゴジラを確認しました!奴は・・・無傷ですっ!」パイロットの驚きが無線を通して発令所にも伝えられた。

 「あれだけの砲撃に平気なんて、何て奴だ!?」再び立ちあがったゴジラの姿に川嶋は畏敬の念を禁じえなかった。炎の中にいるのは恐るべき強靭さを備えた、人知を超えた生物なのだと言う事を川嶋は悟った。

 「ゴジラはまだ生きています!」現場からの報告に発令所の中にはどよめきが起こった。「砲撃や『し』号兵器
による攻撃の効果はどうなんだ!?一度は倒れたんだ、何らかのダメージは受けているはずだ!」国東陸将が士官に向かい怒鳴った。陸将は焦燥感から机の上に置いた手を何度も組みなおしていた。
 「確かに『し』号兵器による電撃攻撃は効果があったようですが、致命的なダメージを与えるまでにはいかなか
ったようです。連続的に攻撃することで、足止めと撃退には使えるようですが・・・。砲撃のほうは、ゴジラの強
靭な皮膚組織に阻まれて効果が殆ど有りません!」報告内容を検討していた部下の報告に、陸将はこめかみを押さえて唸った。
 「とにかく、攻撃再開だ!これ以上、奴に東京を蹂躙させるな!」陸将の拳が机にドンと叩きつけられた。「佐
伯一尉にも連絡を取れ!『し』号兵器と砲撃とでゴジラを東京湾へ押し戻すんだ!」

 「砲撃よおーい!撃てえ!!」轟音と共に特科隊による砲撃が再開された。だが、ゴジラの歩みは止まらなかった。ゴジラはゆっくりと国会議事堂のある永田町方面へと進んでいた。

 佐伯のいるテントの前に、二人の男を乗せたジープがすさまじいブレーキ音をたてて停められた。ジープが止まるのと同時にその自衛官の制服を着た二人の男が飛び降り、佐伯の元に向かってきた。
 「ここの責任者は誰か!?」一人の男が威圧的な態度で佐伯に問い掛けた。「私が指揮を任されておりますが」佐伯は立ちあがって敬礼をすると、その男に答えた。その男の制服には二等陸佐の階級証がつけられていた。
 「貴様が?名前と所属は!?」「はっ!佐伯一等陸尉であります。所属は情報四課特別通信部分室です」佐伯の答えを聞いた二等陸佐の眉がピクリと上がった。
 「四特分室の佐伯・・・。聞いた事があるな。陸幕副長のお気に入りか何か知らんが、防衛予算で好き勝手なこ
とばかりやってる奴がいると。貴様がそうか」男が苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てるように言った。
 「ふん、まあいい。貴様等が運用しているあの兵器の指揮権を私が取ることになった。貴様は解任だ」
 「解任?そのような命令を受けてはおりませんが・・・。私は国東陸将からこの場を任されております」佐伯は
『し』号兵器の方へ向かおうとした二等陸佐の前に立ちはだかるようにして言った。
 「邪魔するつもりか?これは木村長官も認可されたことなのだぞ!」「しかし、今現場の指揮を執っているのは
国東陸将です!」
 「まだ言うか!許さんぞ、貴様!」二等陸佐はそう言うが早いか、拳を佐伯の顔面に叩きこんだ。身構える間も
なく佐伯は地面に倒れこんだ。
 「佐伯一尉!」テントに戻ってきた川嶋が驚いて二人の間に割って入った。「な、何をするんですか!?」川嶋
が佐伯を抱き起こしながら、二等陸佐に言った。
 「いいか、あの怪物を撃滅することが急務なのだ!邪魔をするな!」二等陸佐はそう言い捨てると、もう一人の
男を従えて大股で『し』号兵器の方へ歩いていった。

 「冷却材の換装、終了しました。いつでも使えます!」『し』号兵器の管制パネルへ報告が伝えられ、技術研究
所の二等陸尉は再び安全装置の解除を行った。
 そこへあの二等陸佐が来て怒鳴った。「これより、私が指揮を執る!この兵器の運用責任者は誰だ!?」

 「大丈夫ですか、佐伯一尉?」濡らしたタオルを手渡しながら川嶋が聞いた。「ああ、大丈夫だ」佐伯はそのタ
オルを受け取ると腫れかけてきた頬に当てた。
 「あの二佐は何なんです?やぶからぼうに指揮権を移譲しろなんて・・・」「さあな、ゴジラ撃滅の手柄が欲し
い防衛庁の誰かが手を回してきたんだろう。『し』号がゴジラを組み伏せたのを知って、横取りしに来たのさ」
 「そんな、無茶苦茶ですよ!そんなことをしてる場合じゃあ・・・」川嶋の怒りの声が議事堂の建物が崩れてい
く音に掻き消された。

 「国会議事堂が・・・!くそう、あの怪物めが!この兵器はもう撃てるのか!?どうなんだ!」二等陸佐が、傍
らにいる技研の二尉に怒鳴った。
 「はっ!いつでも使える状態にあります!」「ようし!次に奴が姿を見せたら、最大出力で発射し奴を撃滅する
!準備しろ!」「最大出力!?そ、それは駄目です」二尉があわてて言った。
 「駄目?なにが駄目なんだ!?」「あの昇圧機の最大出力では『し』号兵器が持ちません。最悪の場合、機能に
損傷が出る恐れが・・・」
 「馬鹿もの!」二等陸佐は二尉を怒鳴りつけた。「あの怪物を退治するのが最優先だ!兵器など壊れればまた直せばいいのだ!いいから最大出力を出せ!」二等陸佐は首を回し、連れてきた部下に昇圧機のほうを見るように指示した。

 ゴジラは国会議事堂を破壊し尽くした後、ゆっくりと平河町方面へと向かっていた。ゴジラの巨体が議員会館の
前に現われ、『し』号兵器の照準器に捉えられた。

 「駄目です!最大出力では・・・!」二尉の悲痛な叫びをまったく無視して、二等陸佐が『し』号兵器の最終開
放レバーを握り締めた。昇圧機が大きく唸りを上げ、装置全体が震えた。
 「怪物め!これで終わりだ!!」最終開放レバーが大きく前へ入れられ、装置からギュウウウンという唸りが上
がった。だが、先ほどのような青白い光も轟音も『し』号兵器から発せられる事は無かった。
 「な、何だ?なぜ、発射せんのだ!?」二等陸佐はレバーを何度も前後に動かした。だが、電撃は発射されず、それどころか管制パネルにある全てのランプまでがすっかり消えてしまっていた。

 ゴジラは新宿通りから市ヶ谷方面へとその巨体を運びつつあった。



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